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田中 愛

信州大学医学部循環病態学教室博士研究員

(日本学術振興会特別研究員)

略歴

平成24年(2012年)信州大学大学院医学系研究科修士課程修了

平成25年(2013年)日本学術振興会特別研究員DC1

平成28年(2016年)信州大学大学院医学系研究科博士課程修了(学位取得)

平成30年(2018年)日本学術振興会特別研究員

令和 3 年(2021年)日本学術振興会特別研究員RPD

アドレノメデュリンーRAMP2、3系による癌転移制御機構の解明

分子標的薬や免疫療法などの新規治療の登場により癌治療は大きな進歩を遂げたが、未だ癌の転移を抑制する方法は皆無である。私は、癌を生体から切り分けて考えるのではなく、癌の原発巣と転移巣を、血管とリンパ管を介した循環制御の観点から捉えることによって、癌転移を抑制する治療法につながる可能性を考え、検討を進めてきた。

これまで血管拡張ペプチドとして捉えられてきたアドレノメデュリン(AM)が、血管、リンパ管の恒常性維持作用を有することを明らかとしてきた。AMの機能は主として、AM受容体に結合する受容体活性調節タンパク、RAMP2あるいはRAMP3によって制御されている。

AMおよびRAMP2ノックアウトマウスは、共に血管の発生異常により胎生致死となる。成体における機能解析を行うため、誘導型血管内皮細胞特異的RAMP2ノックアウトマウス(DI-E-RAMP2-/-)を作出した。DI-E-RAMP2-/-を用いて、B16メラノーマ細胞皮下移植による原発巣切除後の自然肺転移モデルの検討を行うと、DI-E-RAMP2-/-では肺転移が亢進する結果が得られた。DI-E-RAMP2-/-では、血管のRAMP2欠損誘導後、転移予定先である肺において、血管内皮細胞の剥離や、炎症細胞集簇、さらに癌細胞遊走因子であるS100A8/A9の発現が亢進し、転移前土壌が形成されていた。

一方で、ルイス肺癌細胞を用いたリンパ節転移の検討においても、DI-E-RAMP2-/-では転移が亢進した。リンパ節内には、通常の血管内皮細胞とは異なる高内皮細静脈(HEV)が存在する。HEVは、リンパ球を誘引、接着させ、リンパ球を免疫応答の場であるリンパ節内にリクルートする働きを持つ。DI-E-RAMP2-/-では、リンパ節内のHEV数の減少と内皮細胞の形態異常、CD4+およびCD8+T細胞の減少、樹状細胞の分布異常が認められた。さらにDI-E-RAMP2-/-では、HEVに特異的に発現し、リンパ球誘引に必要なCCL21、CCL19などのケモカインや、ICAM-1、Glycam-1などの接着因子の発現が低下していた。以上の結果から、DI-E-RAMP2-/-では、血管恒常性維持の破綻により、癌転移が亢進すると考えられた。

次に、膵癌細胞PAN02を用いて臓器間転移におけるRAMPの役割を検討した。DI-E-RAMP2-/-では、転移が亢進した。一方でRAMP3-/-では、DI-E-RAMP2-/-とは逆に転移が抑制される結果となった。RAMP3-/-では、癌関連線維芽細胞(CAF)が間葉―上皮移行(MET)を生じていることを見出した。RAMP3-/-由来の初代培養CAFでは、CAFの悪性化に関わるPodolaninの発現が低下しており、細胞増殖や遊走能も低下していた。さらにRAMP3-/-由来CAFをPAN02とミックスして共移植したところ、癌の増殖や転移が有意に抑制された。これらの結果から、RAMP3-/-由来CAFは、癌増殖を抑制する良性CAFに表現型が変化していると考えられた。

以上から、AM-RAMP2系は血管恒常性を維持し、転移前土壌形成を抑制することで、転移を抑制すること、AM-RAMP3系はCAFの悪性度を増悪させ、転移を促進することが明らかとなった。選択的なRAMP2の活性化とRAMP3の抑制が、癌転移抑制の新たな治療法になることが期待される。

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