村田知弥(むらたかずや)
筑波大学 医学医療系 実験動物学研究室 テニュアトラック助教
略歴
平成25年(2013年)筑波大学大学院 生命環境科学研究科 博士後期課程 修了
平成25年(2013年)筑波大学 生命領域学際研究(TARA)センター 博士研究員
平成28年(2016年)関西学院大学 理工学部 生命医化学科 助教
平成30年(2018年)筑波大学 医学医療系 実験動物学研究室 助教
令和4年(2022年)筑波大学 医学医療系 実験動物学研究室 テニュアトラック助教
アルギニンメチル化による若齢期の心臓機能制御機構の解明
アルギニンメチル化は、ヒストンや転写因子をはじめとする広範なタンパク質に認められ、多様な生命現象に関与する翻訳後修飾である。この修飾はProtein arginine methyltransferase (PRMT) ファミリーにより触媒され、中でもPRMT1は細胞内のアルギニンメチル化の多くを担う主要な酵素として同定された。しかし全身性PRMT1欠損マウスは胎生致死を示し、生体組織における機能は未知であった。心臓では、ヒト心疾患患者や心不全モデル動物においてPRMT1の発現変化が知られていたが、その意義は不明であった。そこで心筋特異的PRMT1欠損(PRMT1-cKO)マウスを作製し、解析を行ったところ、本マウスは性成熟前の若齢期に拡張型心筋症様の表現型を呈し、心不全により死亡することが判明した。RNA-seq解析の結果、PRMT1-cKOマウス心臓において、TitinやMef2aといった心機能維持に重要な遺伝子を含む遺伝子群のmRNA選択的スプライシング異常を見出した。これらの結果よりPRMT1は若齢期心臓の機能維持に必須のアルギニンメチル化酵素であることが明らかになった。またマウス若齢期心臓では mRNA選択的スプライシングパターンが大きく変化することが知られ、PRMT1はこれを調節する因子であることが示唆された。
我々は、心臓におけるPRMT1相互作用タンパク質の網羅的解析を想定し、生体内タンパク質間相互作用を可視化するBioIDマウスツールの開発に取り組んだ。BioID(近位依存性ビオチン標識)は、タンパク質間相互作用解析において近年爆発的に利用され、その有用性が示されている。一方でマウス個体への応用は少なく、その一因が生体内でのビオチン標識効率の低さであった。そこで独自に作製した BioIDマウスを用いた検討から、ビオチン高含有餌をマウスに自由摂食させることで、高効率に生体内タンパク質のビオチン化が誘導可能であることを見出した。この手法により心臓はじめ、脳や肝臓、精巣など多様な組織にてin vivo BioIDが可能であることを明らかにした。
現在、新たに作製したPRMT1-BioIDマウスを用いて、心臓におけるPRMT1基質の同定を進めている。同定した基質群は、我々が開発中のゲノム編集に基づく新しい cKO マウス作製法「Hyper-speed cKOシステム」により、ハイスループットな遺伝子機能解析を進めていく。これらの研究より、アルギニンメチル化による若齢期心臓の恒常性維持機構と心筋症発症機構の解明に加え、先進的な動物モデルの開発を通じて、心疾患のメカニズム解明や治療標的の発見に貢献したいと考えている。